コンテンツ文化論 ネットとコンテンツの関係論

CMに至る導線に明日はあるか?

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すでにテレビでネットの動画を見るための市場が育つ条件は整ってきています。(…)

もちろん現在のハードの使い勝手がどうかは別にしても、それはとりもなおさず、企業側は、もはや放送局に頼らなくとも、ネットで情報番組やコマーシャルを流す市場の基盤ができたということです。

(…)価格が高く、しかも秒数制限のある放送局のコマーシャル枠をつかうのではなく、企業がネットで直接番組を流すという動きが広がってくるでしょう。

地デジ化と、エコポイントで、テレビの買い替え需要が生まれ、そのなかでネット対応デレビの普及が進んだために、コマーシャルの放送局飛ばしの時代がやって来るのは案外早いかもしれません。またコマーシャルのあり方も激変することも間違いありません。

むろん、現在でも企業がネットで直接動画の情報を発信することは技術的にはなんの問題もない。

それにもかかわらず、まだ多くの企業が高い放映料を払ってテレビにCMを流しているのは、テレビがいわばCMへの「導線」だからだ。

単純に考えて、CMを見るためにテレビを見る視聴者はいない。
当然、番組、つまりドラマであったり、スポーツ中継であったり、ニュースを見るために民放テレビを視聴するのだ。

これはいわば、撒き餌をまいて近づいてくる魚を釣り上げるのと似ている。
番組という「導線」があるからこそ、CMが有効な広告手段となりうる。

最近では、CMがネット上の情報への「導線」の役割をつとめていることもある。
「続きはWebで」「○○で検索」という奴がそれだ。

つまり、テレビ番組に代わるCM、企業情報への「導線」さえ整えば、放送局飛ばしは本格化するだろう、と私は思っている。

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