平成徒然草

ドラマの政治家はなぜ悪役か?

2011/02/02

日本のドラマで政治家が登場してきたら、それはほぼ悪役と断じてよい。
展開の最初で善玉に見えたとしても、たいていは終盤にどんでん返しがあるのだな。
たぶん最後には悪玉であることが暴露される。
もし悪役でない政治家がドラマに登場したら、そいつは無能で威張るだけの嫌な奴だろう。

アメリカのドラマなどを見てみると、たとえば「24(ただしシーズン1、2しか私は見てない)」の黒人の大統領(1では候補)に代表されるように立派な尊敬される政治家が出てくることが多い。
そりゃ悪玉であることも、もちろんあるが。

考えてもみてくれ。こうしたドラマを見て、子どもたちは育つのだ。
政治家によい印象を持って成長することは考えにくい。
まして、自らが政治家になって社会を変えてやろう、なんて思うことはまずないだろう。

なぜ日本では、どの脚本家もこうも政治家を悪く描くのだろう?

日本では、政治家は身近ではない。
これはひとつには、政治家との接点が少ないということが言えるだろう。

政治家というものが職業、場合によっては家業と化している。
ふだん政治家と接する機会が少ない、ということは言えると思う。

政治家というのは、人生で最終の職業と思われている。
隠居生活ではなくて、もと政治家、という人はごく少ない。
たとえ落選しても、次のチャンスに賭けるため「前議員」の肩書きで通そうとする。

政治家と金は切っても切れないが、自ら贅沢な生活をするために金が欲しいという政治家はほとんどいない。主には次に当選するため、あるいは子分を当選させるために金を必要としている。

政治を身近にするためには、もと政治家の数を増やせばいい。
政治家が人生の「あがり」ではなくて、ひとつの段階である社会にすればいい。

もと政治家が社会に復帰し、たとえば教師やコンサルタント、会社役員などとして受け入れられる。
そうすれば、政治の世界で得た経験や知識をこの社会に還元できる、と考えることだ

そうすれば、徐々に政治家のイメージも変わると思う。
学校にひとり、かつて議員をつとめた経験のある先生がいるだけでも違うのではないか?

参考>「参議院を考える(1) 生涯一選制

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