コンテンツ文化論 ネットとコンテンツの関係論

スマートTV

スマートフォンは昨年の流行語だったが、スマートTVという言葉は最近はじめて聞いた。

正確な定義はわからない。
Google TVのことを指してスマートTVの代表格のような扱いをしている記事があるから、そういうものなのだろう。
つまり、TVとネットを結びつける新商品、的なことだ。

スマートフォンがテレビに入った、と考えればいいのか。
テレビの画面で、ネットがブラウジングできる。
メールやソーシャルメディアにアクセスできる。
YouTubeやUstreamが視聴できる。
アプリを追加して、ゲームもできるかもしれない。

インターネットテレビ、というのは、ネットが普及した当時からその発想はあった。
実は、私自身、もう十数年前、某社のそういう製品のビデオを制作したことがある。

ただ、当時はデバイス、ネットとも成熟していなかったので、後が続かなかった。
何より、テキストや静止画中心のブラウジングだったから、テレビ画面でやるメリットが感じられなかった。 
動画があっても、サイズも画質もテレビにははるかに及ばなかった。

今なら、テレビをネットにつないでも面白いものになるかもしれない。
何より、携帯やスマートフォンの普及により、デバイスごとに違った画面を見せるのが当たり前になった。

コンシューマー向けの企業には、スマートTV向けのページを作るサイトが普通になるかもしれない。
「続きはWebで」「(キーワード)で検索」がシームレスになるわけだ。

気になったブログ記事。

アゴラ(大西宏)「スマートTVを民放はどう受け止めているのだろう」

スマートTVは、現在の日本の民放にとっては大きな驚異となってきます。なぜなら焦点は生活時間の占有率です。スマートTVが普及することは、テレビ番組の視聴時間を減らすことになります。当然視聴時間の減少は広告収入のさらなる減少につながってきます。
(…)
日本の民放が、イノベーションを起こし、新たなビジネス・モデルを創造できるのか、あるいは真綿で首を絞められるように死滅していくのか、今年はその岐路に立っていることだけは間違いありません。

アゴラ(池田信夫)「スマートTVを殺すテレビ局」

大西さんの記事への答は、「スマートTVを民放もNHKも憎んでいる」ということです。ニューズウィークにも書いたように、彼らはわずか数百人のオンデマンド配信(それも視聴者が自分の機材で配信する)サービスを相手に最高裁まで訴訟を続けています。
(…) 
このまま日本だけがテレビ局のわがままを許していると、山口さんもいうように映像メディア全体が「シャッター商店街」になってしまうでしょう。「光の道」などの無駄なインフラの議論はもうやめて、著作権に名を借りたテレビ局の横暴に歯止めをかけ、電波を開放する改革が必要です。

まあ、日本のテレビ局は(マスメディア関係者は、といってもいいが)バカが多いからこういう反応をするのだろう。
これまで、ネットTVはすべてつぶされて来たから、 今度もつぶせると思っているのかもしれない。






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