コンテンツ文化論 ネットとコンテンツの関係論

テレビがネットを後追いする時代

今朝「とくダネ」でグルーポンのおせち問題を扱っていた。

一定人数の客が集まることを条件に、激安の商品やサービスを提供する「グルーポン」。そこである店のおせち料理を店頭の半額で購入した客のもとに、見本写真とは全然ちがう、スカスカのおせちが届いたという問題。ここにまとめがあるけど、結局その店の社長の引責辞任にまで発展した。

テレビでこそ年始進行の影響で今朝になったけど、ネットでは正月早々からもう大騒ぎだった。
おそらく、「とくダネ」のスタッフもネットで見て取り上げたのだと思う。

ここで考えてみると、去年テレビを騒がせた問題の多くが、ネット発だったということ。

尖閣諸島ビデオ流出問題はYouTube発だった。
Wikileaksもネット上のサイトだ。
大桃美代子と麻木久仁子のスキャンダルもTwitter発だ。

これはテレビの報道というものが、本質的なパラダイム・チェンジを迫られているということだ。

20世紀、テレビ報道の本質は速報性だった。
朝夕しか読者に届かない新聞に比べて、いち早くニュースを伝えるというのがテレビ報道の使命だった。
そのために、分析や批評は控えめに、 速報することに重点がおかれていた。

たぶん、今後はネットの情報のほうが速報性が強くなる。
情報はまずネットで知り、その後でテレビで見ることになる。

これはかつてテレビの登場で新聞が置かれた状況と同じことだ。
速報性では、もはや勝てない。ならばどうするか?

たぶん、今後のテレビは解説や分析に重点をおかなければならない。

2010年活躍したテレビ人のひとりに池上彰があげられると思うが、なぜ彼が重用されたか。
要するに、ニュースのまとめ、解説などをする腕を持っていたからだ。

今後、テレビ報道はどんどんそちら方向にシフトしていくだろう。

後は、生中継。ゴールデンタイム、夜8時くらいに2時間くらいの生番組を持ってくる局はないだろうか。
その週に起こったニュースを土日の週一回でいいと思う。

ニュース番組だが、いくつものニュースは扱わない。
ひとつのニュースに関係する人、専門家をスタジオに呼ぶ、あるいは中継で訪ねる。
2時間じっくり生中継でひとつのニュースを 掘り下げるのだ。

政治でもいい、事件でもいい。
解説すら控えめにして、ひたすら人の意見を語らせる。

まるでUstreamみたいだが、同じことをUstreamでやろうとしても、視聴者数ではテレビが勝る。
どの局か、実験的にでもやらないだろうか。

(追記)
冒頭に掲げたグルーポンおせち問題のニュースに鋭い指摘 を当てたブログ。

【赤木智弘の眼光紙背】マスメディアは"終わったコンテンツ"か

既に解決したに等しい問題をほじくり返し、該当の業者を一方的に叩こうとするネットでのバッシングは、行きすぎであると思う。(…)

今回の問題も、それと同じことである。1つの問題をフレーミングし、そこに過剰な批判を加えれば、問題の大枠は見えなくなってしまう。そこから得られる結論は、的を外したものにしかなりえない。

もし、このまま事態が進めば「一度こうした問題を起こした店は廃業しろ」「それを宣伝する業者も潰れろ」といった、むちゃくちゃな意見を許すことになることになるかもしれない。

この指摘は間違っていないと思う。
今回は、正月を挟んだというタイミングの悪さもあったが、悪気がなかったとしても、安易なネットの後追い報道は、マスコミの影響力を考えると凶器にも等しい効果を発揮することがある。

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