ネットとコンテンツの関係論

テレビ局は何を守ろうとしたのか?

2010/12/28

極楽とんぼの山本が引き起こした問題については、萩本欽一監督の茨木ゴールデンゴールズ解散宣言(その後撤回された)までからんで、世にかまびすしいので、特に解説しなくてもわかるだろう。

ITmediaニュースにこんな記事が載った。

 お笑いコンビ「極楽とんぼ」の加藤浩次さんが、相方の山本圭一さんの不祥事に関してテレビ番組で謝罪したシーンの動画が、権利者である日本テレビ放送網の要請により、7月21日午前8時までにYouTubeから削除された。削除までに300万回以上再生されていたもようだ

YouTubeに行って「加藤浩次」で検索してみると、問題のシーンの映像を見ることができた。削除されてから、改めて別のユーザーかもしれないが、またアップされたものだろう。それでもアップされてから12万回ほど再生されたようだ。

わからないのは、日テレがいったい何を守ろうとしてこの削除要請をしたのかということだ。

問題の謝罪シーンというのは朝の8:00から生放送されている、いわゆるワイドショー番組である。当然、こういう番組は再放送されることはありえない。また、推測だがDVD化されることもないはずだ。

ということは、見逃した人は別の番組で部分放映されないかぎり見ることができないわけで、話題になれば元の映像を見たくなるのは当然だ。YouTubeにアップされたのも、理解できる。

だが、この映像がYouTubeで再生されたからといって、日テレとしては番組の知名度が上がるという恩恵を受けることはあっても、何のデメリットもないはずだ。日テレはいったい何を守ろうとしたのか?

この点に関して、CNET JAPANの中島聡氏のブログ上で興味深い発言が見られた。

 人がYouTubeにテレビ番組の一部をアップロードする目的は、主に「こんな面白い場面があったよ」という「個人的体験の共有」である点に注目すべきだ。
(…)
 テレビ番組や映画を細切れにしてアップロードし、全編を見れるようにしてしまことは違法だが、番組の一部をYouTubeにアップロードして、それに関する自分の意見をブログで表明することは、著作権法でも認められている『引用』に相当するのではないだろうか。

たしかに、YouTubeの画面上で見ると、テレビ番組をそこだけ切り取ってアップされているように見える。しかし、YouTubeのもっとも興味深い一面は、その映像を自分のサイトやブログ、あるいは掲示板などの上で再生できるようにするタグを発行してくれることだ。

つまり、その映像をアップした人は、自分のブログ上でその映像を「引用」した上でコメントを加えているのかもしれないことになる。あるいは、YouTubeでその映像を発見した人も、同様のことができる。

映像のもたらす情報は、けっして静止画や文字では表現しきれない。くだんの映像で言えば、加藤浩次が発言した内容や、その場で嗚咽をもらしたことなどは文字で書けるが、その時の表情は決して伝えきれない。

今後、映像によるコミュニケーションが盛んになっていく上で、これは避けて通ることのできない問題だと思う。上記のブログ上で筆者はこう言っている。

 いずれにしろ、法律というものは人々のためにあるものなのだから、それが社会の常識に合わなくなってきた時には法律の方を変えるべきである。「テレビ番組の一部を『個人的体験の共有』のためにアップロードすることぐらい許容範囲」と多くの人が考えるようになったのであれば、著作権法の方をその「常識」に会わせて変更すべきなのである。

テレビ局も自分とこの画面がそのままアップされたら、何も判断せずにひたすらサイト運営者に削除要請を出すのではなく、それが本当に守るべきものなのかどうか、判断してから行動すべきなのではないだろうか。

もう一度聞く。日テレよ。加藤浩次の謝罪シーンの削除を要請したことで、何を守ろうとしたのか?

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