映像文化を語ってみる

押しつけはよくない

2010/12/28

映像に添えるナレーションを書く上で私が気にしているのは「押しつけ的な文にはしない」ということだ。

抽象的な言い方ではわかりにくいから例を挙げよう。

クライアントから「今回の商品はデザインにこだわったので、美しいデザインを強調して欲しい」というリクエストが来たとする。我々スタッフは、そのデザインのポイントをできるだけ理解して、それを強調するような絵づくりをする。

ところがクライアントはそれに満足せず「ナレーションで『美しいデザイン』とコメントしてほしい」とさらに要求してきた。

これは完全な押しつけである。そもそも「美しいデザイン」というのは受ける印象なのだ。映像を見て「美しいデザイン」だと思わなければ、言葉で「美しいデザインです」と語っても意味がない。

デザインを表現した映像につけるナレーションや字幕として適当なのは「美しい」「優美な」「ハッとするような」といった主観的印象ではない。
「人間工学にもとづいた」「誰でもやさしく使える」「安全に配慮した」といったデザイン的な意図を解説する言葉である。

その映像を見て美しいと思わない人が「美しいデザインです」と言われて納得するはずがない。美しいと思った人にとっては重ねて言う必要がない。場合によっては反発すら招きかねない。

同じような例に「感動の大作」「驚くべき新機能」「あなたはきっとやみつきになるでしょう」というような、相手の感情や行動を規定するような文案がある。すべて押しつけである。

ともすれば宣伝の担当者は、商品に対する自信のなさからか、こういう表現を要求することがある。だが、所詮押しつけは効果をあげないのだ。

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